神山まるごと高専の学びを、研究するプロジェクトの歩みと、その背景
まるごとnote編集チームです。「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育てる、神山まるごと高専に関する情報を伝えています。
神山まるごと高専は、「テクノロジー×デザイン×起業家精神」の独自のカリキュラムを展開したり、徳島県神山町における全寮制での学生生活を提供したりするなど、これまでにない学びの形を追求しています。こうした中、昨年、教育効果に関する研究プロジェクトが立ち上がったことを発表しました。
プレスリリース
神山まるごと高専、学生の学びに関する研究を開始 みずほリサーチ&テクノロジーズ森安氏が研究デザイナーとして協力
https://kamiyama.ac.jp/news/20230831‐01/
この研究の第一弾となる「学生による興味発見の場」はどのような研究になるのか。本校事務局長の松坂孝紀と、研究を進める森安亮介氏、杉山昂平氏に取材しました。
ーー最初に、この研究はどのようにして始まったのでしょうか?きっかけを教えてください。
松坂:始まりは開校直前の2023年1月ごろ、いよいよ開校というタイミングで、「学びの質」をマネージするためにどのような工夫ができるだろうか、というところに関心を持っていました。当校は5年制の学校であり、卒業時の姿を定めたうえで、教育活動を設計しています。一方で、教育活動を評価するために必要な時間が非常に長いと感じていたので1年目、2年目の途中経過のモニタリング指標みたいなものをつくれないかと思ったんです。いろんな方法がありそうだし、いろんな角度から外部の方にも協力してもらって分析してもらうことをできないかと模索していたタイミングで、森安さんと出会いました。
森安:出会いは神山まるごと高専の教員の方からのご紹介でした。神山まるごと高専のプロジェクトは非常に画期的ですし、教育界からも産業界からも関心が高いので、お声がけいただき光栄でした。
ーー研究の骨子はどのように決まっていきましたか?
森安:私の専門の1つはEBPM(エビデンスに基づく政策立案)でして、経済学的な手法を用いた政策の効果分析などを行っています。当初は今回もそういったご相談かなと思っていたのですが、いざ話をお伺いすると全く違いました。
経済学の考え方では、何か施策Xを講じることで、結果となる指標Yがどれぐらい向上するのかといった定量的な変化を検証します。でも、神山まるごと高専では、施策Xにいろんな要素があり、相互に複雑に絡んで作用しあっています。神山サークルのカリキュラムもあれば、寮の環境もあるし、起業家が来る「Wednesday Night」みたいなものもある。地域との関わりも大きい。いろんな変数や投入物(教育施策)がある中で、EBPM的にやろうとすると研究対象を絞らないといけないのですが、対象を絞ることはちょっと違うのではないかと、松坂さんらと議論する中で思い始めました。
定量分析やEBPM的な手法に固執するのではなく、学校でこれから起こる事象を適切に捉えるための方法をフラットに考えた方が良い。良い方法論がなければ新しいアプローチをつくれば良いのではないか、と考えるようになりました。
実は私自身、EBPMを長年やっていて定量的な指標だけで評価することの難しさも感じていました。定量化することで大事なものが欠ける感覚と言いますか、本当にこの指標だけで捉えていいのかという疑問が頻繁に生じていたんです。もちろん定量指標やEBPM的な分析も良いところがあります。そうした良いところと定性的な方法をあわせて現状を捉えるアプローチが必要だと考えていました。
ちょうどそんなタイミングでのご相談だったこともあり、定量にはこだわらず定性も織り交ぜた研究手法にしたいと思いました。
ーーその中で、今回の第1弾としての杉山先生をお招きして、ご一緒しようとなったのですね。その背景やプロセスを詳しく教えていただけますでしょうか。
森安:まず、研究では「3つの変化」を対象としました。1つが「学生の変化」です。もう1つが教職員側の変化。「教員チームの変化」とも言えます。日本で例のない教育を行うため、教職員側にもこれまでに無いようなチームが恐らく求められます。そうした過程を研究する必要があります。最後の1つが「地域の変化」です。教育によって地域社会にどのような影響が生じるか。そして逆に、地域によって教育に対してどのような影響が出るのか。こうした教育の地域性や、地域の教育性を検討します。この3つのテーマを追いかけようということでまず合意しました。
それらの中で最も優先したテーマが第1のテーマ「学生の変化」でした。学生にどんな影響があるか、神山が提供する教育が学生にどう受け止められるか、このテーマをまず追いかけようということで決まりました。
学生の変化を追う上で、上述のように定量研究ではなく定性研究とあわせてやろうということになりました。そうなると定性研究者が必要ですが、教育を専門としつつも義務教育・学校教育研究とは違う、神山まるごと高専的な分野の教育にあかるい研究者。それでいて神山町に一定、泊まり込むことも出来る人(笑)。そんな人いるのかな…と、知り合いの先生(立教大学 田中聡 准教授)に相談したところ、田中先生から推薦いただいたのが杉山さんでした。
私も、杉山さんの著書「「趣味に生きる」の文化論―シリアスレジャーから考える」は以前から読んでいて、こんな面白い問いを立てる人がいるのかとひそかに感銘を受けた方でもありました。そこですぐにアポイントを取って、杉山さんに打診しました。
ーーそうした経緯で杉山さんに依頼されたわけですが、杉山さんは当初どのような印象でしたか?杉山さんがこれまで扱っていたテーマとはまた異なるものだったかもしれません。
杉山:私自身が、いわゆる学校教育じゃないところの学びの研究をしているので、「まるごと」という言葉はすごくいいなと思いました。教室の中だけじゃなくて、神山全体とか、そこに広がるような形で学びを捉えている学校だと思っていたので、そこと何かできるというのは、面白そうだなと思いましたし、とても興味を持ちました。
私自身、父親が徳島出身なので、なんとなく徳島関連で聞こえてくるものは気になっていました。それもあって神山で新しい学校ができたんだなということは知っていました。また、STEAM教育とかものづくり系の研究も多少やっていたので、高専の研究にもつながりそうだと考えていました。
ーー具体的にはどのような研究アプローチを行ったのか、改めて杉山さんからお伺いできますでしょうか。
杉山:今回の調査は定性的なアプローチの元で行われました。やったことは、ひたすら話を聞くことです。企画の段階で、インタビューをやることになり、何人に聞くかとか議論したんですが、結論としては全員に聞こうということになりました。なので年に2回、夏と冬に、森安さんと手分けして学生全員にインタビューしました。一人につき、短い人は30分くらい。長い人は1時間を超えることもありますが、大体40分のインタビューを行いました。
インタビューの内容としては、「自分にとっての学びがどうだったのか」。そして、「それを象徴する写真を3枚撮ってきてください」と依頼しました。
この写真の選び方に、例えば半年間、自分がこれは学びだと思ったり、学校生活の中で熱中した瞬間を写真で表現してもらいました。
それを見ると本人が何を「学び」だと定義しているか、何に熱中しているかが現れるんですね。そして、一般的な学校で同じことをすると、持ってくる写真は、学校の教室と塾と部活とかになりがちだと思いますが、神山の学生だと、いろんなところに広がりそうだなと思いました。
ーー「写真を撮ってくる」というのは面白いですね。この手法を選ぼうという、杉山先生の狙いはどのようなことだったんでしょうか?
杉山:都市や街の研究で使われる手法で、有名な研究だとホームレスの方にインスタントカメラを渡して、「あなたにとってのエリアを表す写真を撮ってきてください」という研究もあります。都市や街の研究では、あなたにとっての街はどういう街ですか、という質問でそれぞれの視点が出てきます。今回は、まるごと性を捉えたかったので、今回の研究にも、この手法を使いました。
松坂:学校業界で行われている教育の質に関する評価って、テストの成績や就職率などのわかりやすい定量的な指標を活用して、それがどれくらい向上したのか測るのが一般的です。それは当初から本校でもやる予定なんですが、その世界はある意味すごく直線的な世界だと思ってました。その方法だときっと見落とされているであろう「何か」があって、それこそインタビューとかしたらいいんだろうけど、大変すぎるなと思っていました。
そう議論していたタイミングで、写真に一回一回落としてみようっていう、そのフォーカスの絞り方がすごく秀逸だなと思いました。私たちは学びを教室の中だけではないものとして広く捉えていますが、その教室内外の境界線は曖昧です。それをちゃんと拾うことができそうな手法をご提案いただいたなというのはすごく印象的でした。
――学生とのインタビューで印象的なものはどんなものがありましたか?
森安:地域とか寮についての話がストーリーの中にかなり多いのが印象的でした。自分は何者なのかを探索しているけれど、その答えはまだ見つからない。でもなにか手掛かりになりそうな”きっかけ”が、授業だけでなく、寮生活や地域との結びつきによって見出される。そういう過程を話す学生が多く、まさに当初狙っていたように"まるごと" 学んでいるのかなと思いました。
杉山:2回目に話を聞いたときに「立ち止まって考えた」というような話が多くて、内省的な話が増えた印象です。また、何人かデジタルを駆使しながらものづくりを始めた人が出てきたのも面白かったです。
森安:そうですよね。一回目の夏休み前(2023年)前期末の時は、「周りの人がすごすぎて焦っている」みたいなことが多かったのに対して、二回目の後期末の時には、立ち止まって考えたりとか、「周りは周り、自分は自分」というふうに考えている学生も多い印象です。
神山の学生たちは、5年という比較的長いスパンで、自分のやりたいことや、やれることに向き合える環境があると思います。皆さんが各々の方法で自己に向き合っていて、色んな「学び」が色々な形であちこちで生じているように感じました。
ーーまだ結果を取りまとめ中だと思いますが、今回の研究を通して、松坂さんとして思うことはありますか?
松坂:「モノをつくる力で、コトを起こす人」という、本校が育てる学生像があるのですが、それを実現する人の姿ってやっぱり多様なものがあって、当然「モノをつくる」ことも「コトを起こす」こともバラエティに富んでいると思うんですよね。ということは、やはり学びって全然一直線ではなくて、本当に多様なルートの中で起こってくるんだなと思っています。
それに加えて、学習者主体の教育についても考えを深めるきっかけになりました。インタビューの1回目と2回目で、学びがちょっとずつ進化していったり、良き方向に軌道修正されていく現象を目の当たりにして、本人が持つ学ぶ力の強さや効果性をすごく感じるんですよね。
学校は、1年次修了時、2年次修了時みたいな形で、どうしてもある程度マイルストーンを置きたくなるものですし、今もその目線はゼロではないですが、それが逆に学生の可能性を絞ってしまったり、学生の学びを妨げてしまったりすることはあるのかもしれないと思いました。
いわゆる学習者主体の教育機関においては、かなり懐深く構えていかないと本当の意味で純粋な学習者主体の教育機関というのは作れないのかなと感じています。
経営する感覚としてすごい新しい感じなんですよね。例えば営業のプロセスとかってすごくわかりやすくて、アポイント取って、プレゼンテーションして、検討してもらって、クロージングがあって、契約があって、みたいな段階がある世界じゃないですか。もちろんその一つひとつのバラエティはあるわけですけど。
神山まるごと高専だと、「モノをつくる力で、コトを起こす人」という言葉はもちろん一つにまとまっているんだけれども、必ずしも一義的ではないということをこのプロジェクトを通じてすごく感じました。
杉山:たとえば、学生の中に、まだそれほどモノをつくり始めていない人がいたとしても、次の1年で何か起きるかもしれない。何が出てくるのか長い目線で向き合ってみるのが良い気もしています。
森安:今回の研究の意義でいうと、それぞれのタイミングで、ありのままに学生がどう感じているか、写真3枚と記事録をちゃんと残しておく。それをずっと蓄積していくという行為そのものがとても貴重なんだろうなと思います。
これを仮に10年続けると、学生が卒業して社会に出てから振り返った時に、「神山まるごと高専時代のあの体験が今になってこう活かされているんだ」という関係性が見えてくると思います。今我々からは見えないけど将来になって初めて今と結びつくような、そんな発見がどんどん出てくる。そのためにも今、研究しておき、ちゃんと記録として残しておく価値があるのではないでしょうか。やってることは非常に地道で地味ではありますが(笑)。
――最後に、引き続き研究は進みますが、どういう風に今回の研究を社会に活かして行きたいと思いますか?今後研究を進める上での期待感をお伺いできればと思っています。
森安:私は今回の研究スキーム自体に可能性を感じています。研究手法ありきではなく、学校のやりたいことに応じて研究手法を選ぶ。そして長期的かつ追跡的に記録をとり、分析を行う。こうした取り組み自体が、他のフィールドにも適用できるのではないかと感じています。
本業のEBPMでも、分析を希望する学校・自治体もありますし、それを研究したい研究者もいらっしゃるのですが、両者がウィンウィンになる研究スキームの構築が非常に難しい。まさに今回の神山まるごと高専で、定量と定性が手を結び長期的に研究を進めていることがとても重要な意味を持つと思っています。この仕組みそのものを、今後適用していきたいです。
杉山:懐の深い教育現場の運営は非常に重要ですが、それをできる人は少ないです。教育成果を挙げようとすればするほど学生に働きかけて、方向性を決めようとする。神山まるごと高専のように、放置ではなく、いろんな方向に伸びるのをどう許容できるのかという、その教育方法論を言語化するのは非常に重要です。
探究学習も、具現化している人たちがまだまだ多くはないことと思うので、神山まるごと高専からそういった教育のモデルが確立していくと良いなと思います。
ーーありがとうございました。ぜひ、研究成果が出た際に、またお話をお伺いさせてください!