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いのちを知るためのキーワードは「利他性」。学生が福岡伸一氏に問う「AIが生命になる可能性」【招聘講演会レポート】

2025年4月より開幕する大阪・関西万博。神山まるごと高専がある徳島県も関西パビリオンの中に「徳島まるごとパビリオン」として参画します。本校の学生6名による有志チームは、この関西パビリオンにて、徳島にゆかりのある若者たちによるプレゼンテーション大会を企画中です。

事前イベントとして、スペシャルナビゲーターである、万博のテーマ事業のプロデューサーの3人による講演会も学生主導で企画しました。大会参加者たちは、プロデューサーの話からアイデアを膨らませ、プレゼンに挑みます。

福岡伸一氏と大阪・関西万博に向けてプレゼン大会を企画するメンバー

その第一弾として、2024年12月5日(木)、神山まるごと高専で生物学者の福岡伸一氏による講演を開催。福岡さんがパビリオンを通して伝えたいことや、その根底に流れる価値観をお話いただきました。生物学を基礎に、人間中心主義の社会へ警鐘を鳴らす福岡さんに学生たちは興味津々!当日の様子をお届けします。


変わらないために変わり続ける「動的平衡」

福岡さんのパビリオン「いのち動的平衡館」のテーマは「いのちを知る」。このパビリオンでは、動的平衡というキーワードを用いて、いのちとは何であるのかを伝えます。

動的平衡とは、福岡さんが提唱する概念で、生命が、絶え間ない分解と合成の均衡の上に成り立っていることを指します。一見同じように見える人も、その内側では細胞が壊され、新たな細胞が生まれ、絶えず入れ替わっています。だから人間は環境が変わっても適応し、怪我をしても治る。生命が持つ可塑的な性格はすべて動的平衡が支えているのです。福岡さんのパビリオンではこの動的平衡を五感で体感する仕掛けが用意されています。

パビリオン「いのち動的平衡館」の設計の工夫などについてもお話くださりました。

ここで浮かぶのが、なぜ絶えず作り替えられているのにも関わらず、私たちは一定の同一性を保てているのかという問い。福岡さんは以下のように答えます。

「それは相補性があるからです。ジグゾーパズルを考えてみてください。パズルのピースがあったとして、真ん中のピースが欠けたとしても、周りのピースが残っていたら、真ん中の形と場所が記憶されますよね。だから、新たなピースが生まれたら、ここに収まることができます。そして、真ん中のピースが周りのピースに支えられているのと同じように、真ん中のピースも周りを支えています。これが相補性です。

私たちは大きな一枚のジグゾーパズルのようなもの。絶えず同時多発的にピースが交換されていますが、常に相補性が保たれているので、全体として絵柄が大きく変わることはありません。これこそが、人格や記憶が保たれる理由です」

いま求められるのは「利他性」を大切にすること

福岡さんは、相補性は「利他性」と言い換えることができると言います。そして、この利他性こそが、私たちが何かを考える上で非常に重要であると指摘します。

「あらゆる生物の産物は、他者にとって、利用可能な形態になっています。あらゆるものがあらかじめ分解されやすいように作られているんです。例えば植物は動物に食べられても分解されやすいように作られています。どの部分でも、どんなふうにでも分解してリサイクルできるように設計されているんです。これは、生物が利他的に生きているから。

一方、人間はすごく利己的に振る舞ってしまっています。地球の支配者のようにあらゆる資源を自分たちのために使っている。とにかく頑丈に安く汎用性があるものを作ろうとしてプラスチックやコンクリートなど分解しづらいものを作ってきました。それらが環境に負荷をかけているんです」

モノを作る時、それらをあらかじめ分解、再利用、リサイクルできるように設計することは、生産者の責任であると福岡さんは強調しました。

真剣に耳を傾ける学生たち

進化の歴史も利他の精神とともにあった

利他性は、現在の生命系のバランスを支えているだけではありません。生命の38億年の進化も利他性で説明ができると福岡さんは言います。例えば、原核細胞から真核細胞への進化も、細胞同士の協力関係がありました。

「今から10億年ほど前に原核細胞から真核細胞が生まれました。これは突然変異ではありません。そんな複雑なものは偶然現れるものではないんです。かつて大きい細胞と小さい細胞が海の中をたゆたっていて、大きい細胞は小さい細胞を栄養として食べていました。しかしある時、大きい細胞は小さい細胞を自身の細胞内に取り込んだ後、分解せずに温存してあげたんです。 小さい細胞は大きい細胞の中で安定的に生育し、自分が得意なことによってプロダクトを過剰に生産し、過剰分を大きい細胞に供給するようになりました。すると、大きい細胞にとっては小さい細胞を自分の中に温存するメリットが生まれますよね。そして共存の場になっていったんです」

他にも、単細胞から多細胞、無性生物から有性生物になる過程も利他の観点から説明されました。

なぜ生命は自分を壊し続けるのか

最後の大きな問いは、一体何のために動的平衡があるのかということ。それは「生命はエントロピー増大の法則に抗している」からだと言います。エントロピーとは「乱雑さ」という言葉で表現できる概念のこと。森羅万象は時間が経つにつれ、エントロピーが増大し、秩序を失っていくのだそう。例えば、綺麗に掃除した部屋も時間が経つにつれ散らかっていきます。これはエントロピーが増大するからです。

「細胞の中もエントロピーが増大して老廃物が溜まります。しかし、私たちの身体の中では細胞が絶えず積極的に壊されています。だから、エントロピーが増大するよりも先に、自分たちを壊してさらに作り変えることによって自分の外にエントロピーを汲み出そうとしているんです。これこそが、動的平衡の働きです。つまり、生命は作ることよりも壊すことを優先して行い、先回りして捨てることでエントロピー増大を回避し、長く存続しようとするんです」

ここで、作ることよりも壊すことのほうが多く行われているのであれば、全体で見たら壊すことのほうが多く行われているのではないかという問いが生まれます。それについて計算式を見せながら説明してくださいました。

右上で合成、坂の接点で分解が行われている。合成よりも分解の方が多く行われることで、坂を登ろうとするエネルギーが生まれる

図を見ていると、分解の方が多く行われているとしたら、この円はだんだんと短くなっていくことが想像できます。

 「この図は、いのちが有限であることも意味しています。でも、死ぬことは最大の利他であると私は考えています。そして、いのちが輝く理由、それは、いのちが限りあるものだからです」と講演を締め括りました。

質問コーナー「AIには利他性が生まれるか?」

講演後は、学生による質問の時間を設けました。生物学を起点に、AIや人間社会を考察する質問などが見られました。一部ご紹介します。

―生命の合成よりも分解の方が多く行われているのに平衡が保たれているのであれば、合成の速度は分解よりも速いのではないかと考えました。そのエネルギーはどこから来ていますか?

福岡「鋭い質問ですね。生命にとって必要なエネルギーは基本的には摂取した栄養素から作られています。多くの場合、分解するためにはエネルギーはあまり要らない仕組みになっています。一方合成するためにはたくさんのエネルギーを使います。人間であれば食べた食物がエネルギーになります」

―AIには生命のように利他性が生まれると思いますか。

福岡「AIが進化したら、いつか人間を凌駕する「シンギュラリティ」が起こると言われていますが、私は必ずしもそうはならないと思います。先ほど話した動的平衡の働きで自分自身を作り変えることがAIにはできないからです。AIはディープラーニングによる様々な知識体系の中からエントロピーを捨てることはできません。だから、AIはいずれ自分の中に溜まったエントロピーと直面することになると思います。この点はAIの未来に大きく関わるでしょうね

司会・進行も神山まるごと高専の学生が担当

―利他性を重視する生命の世界観がある一方で、個別性を重視する人間社会で生きる心得はありますか。

福岡「面白いですね。例えば、人間と人間以外の生命を比べて、最も違う点はなんだと思いますか?私は、言語だと思います。言語は、コミュニケーションの道具であるとともに、世界を構造化する能力を持ちます。

人間以外の生命は、個々の命よりも集団として種が維持されることが大切だとされています。一方で、人間は個々の命が人間として尊重されることが大切にされていますね。なぜそうなるのかといえば、言語があるからだと私は思います。「自分らしく」「個性が大事」という概念は、自然から生まれたものではないんです。人間が言語を生み出したことによって生み出されたある種のフィクションなんです。

 もう一つ例えるなら、自然の法則では子孫の繁栄を目指し、人間は「結婚する・しない」「子どもを産む・産まない」の選択からも自由になれた。これも言語があるからです。種の存続よりも、自分が自由になることが一番だと、言語によって気がつけたんです。

 一方で、言語があるから社会的な批判や家族や友人などとさまざまな葛藤を抱えながら人が生きていることも事実です。私たちは、言語によって自由になれたけど、不自由にもなった。このことについて向き合うことが、この疑問を考えるきっかけになるかもしれません

他にも、質問がたくさんあがり、大いに盛り上がりました。アカデミックな知識を吸収して、学生たちはまた探究心を深めたようです。最後に、この講演の運営に携わった学生の感想をご紹介します。

企画担当学生インタビュー1年生西山昂毅さん

僕が興味のある分野はAIやテクノロジーを用いて人間の身体能力や知覚を拡張させる「人間拡張」です。人間拡張について考えるたび、「生命とは何か」という問いが浮かんでいましたが、なかなか答えが見つからずにいました。今回の福岡さんのお話で、生命とは何か整理されて、新たな考え方を手に入れられました。

 福岡さんのお話は生物学に基づきながら、哲学的である上に、社会問題にまで話が展開されていました。その姿を見て、テクノロジーだけ学ぶのでは行き詰まってしまうのだなと感じました。もっと視野を広げて勉強をしたいと思います。

 また、福岡さんのように、一つのことを夢中で人生をかけて追いかけて、そのことを起点に様々な分野に応用して考えられる人はかっこいいと思いました。「このことならなんでも話せる」と自信を持って言える分野を極めていきたいです。