多様化するニーズに応え「コト」を生み出す企業へ。コクヨが目指す「学び」の在り方
神山まるごと高専(仮称・設置構想中)は約20年ぶりの高専新設に向け、たくさんの企業や個人の方の協力を得ながらプロジェクトを進めています。
今回登場するコクヨも、寄付企業の一つ。神山まるごと高専について、社長の黒田英邦さんは「これはコクヨがやるべきことだと思った」と言います。
詳しくお話を伺うべく、コクヨのオフィスがある働き方の実験場『THE CAMPUS』にお邪魔したところ、そこには私たちが抱く「キャンパスノートのコクヨ」のイメージを一新する空間が広がっていました。
今のコクヨは一体どんな会社なのか。そして、なぜ神山まるごと高専に賛同してくださったのか。コクヨ社長の黒田さんに、神山まるごと高専のクリエイティブディレクターの山川 咲が聞きました。
※設置構想中のため、今後内容変更の可能性があります。
社員から社長への連絡「これはコクヨがやるべきことでは?」
山川:いつも消費者として、コクヨの商品を使わせていただいています。うちの娘は『かおノート(※)』が好きで。
※顔に見立てた写真やイラストに、目・鼻・口などのパーツシールを貼って完成させるコクヨの絵本
黒田:ありがとうございます。(コクヨ社員の皆さんに向けて)娘さんにお土産用意して!
山川:ぜひ!(笑)
▲コクヨ社長の黒田さん(写真左)と神山まるごと高専クリエイティブディレクター(仮称)の山川(写真右)黒田さんが来ているのは、生産や工事の現場で着用されている作業着。この作業着も、品川オフィス「THE CAMPUS」と同様、社内のクリエイターがデザインしたという。
山川:今日はコクヨさんが運営する『THE CAMPUS』を見学させていただいて、あんなにキャンパスノートを長きにわたり愛用していたのに、私はコクヨさんのことを全然知らなかったんだなと思いました。
コクヨさんは未来を見つめる中で私たちと出会ってくださいましたが、最初に高専プロジェクトを知ったきっかけは何だったんですか?
黒田:もともとはクラウドファンディングをきっかけにこの学校の存在を知って。「面白いことをやっているな」と思いました。
山川:うれしいです。
黒田:そうしたら神山まるごと高専のメンバーを知っているという社員から「これってコクヨがやるべきことじゃないですか?」と連絡が来て。
山川:へー!
黒田:実は僕も「コクヨで何か関われたらいいな」と思っていたんです。でも、社員がやりたいと思えないと、基本的には良い活動にはならないじゃないですか。社長である僕が最初に「やりたい」と言うのはあまり良くないと思って、しばらく寝かせていたんです。
山川:連絡してくださった社員さんはどんな方なんですか?
黒田:新規事業として渋谷ヒカリエで運営している、シェアオフィスの店長です。「こういうことをコクヨがやらないと企業理念の『be Unique.』は世の中にも社内にも伝わらないんじゃないですか?」と、ちょっと怒られてしまいまして。
山川:(笑)
黒田:その社員の言う通りだと思って神山まるごと高専に連絡をしたところ、すぐに寺田さん(神山まるごと高専理事長/Sansan株式会社代表取締役社長CEO)がいらっしゃることになってびっくりしましたね。
その後、今日ここにいるメンバーに「やりたい?」と聞いて回って、無事にすごい勢いでYESと言われまして寄付をすることが決まりました。実際には寺田さんのお話を聞いた時点でやる気満々だったんですけど、「僕がやりたいんじゃないくて、みんながやりたいって言ったんです」という言い訳を用意したかたちです(笑)
山川:何がそんなに響いたんですか? 寺田の話を聞いて、何か印象に残っていることがあればぜひ聞かせてください。
黒田:個人的に一番グッときたのは、「ここまでストレートに、純粋に、自分で世の中に変化を起こそうとしている人がいるのか」ということ。素直にすごいなと思いました。
本業とは異なる形で社会にアプローチをしようとする企業は増えつつありますし、事業家が社会貢献をすること自体はよくありますけど、これほど直接的に行うのは珍しいですよね。高専プロジェクトのことは取締役会を通じて株主にも説明をしていると寺田さんから聞いて、本気なんだなと。
実は僕自身、「僕らの仕事は本当に社会課題に貢献できているのだろうか」と考えていたタイミングでもあったんです。
黒田:「be Unique.」を企業理念に掲げているけれど、経済が成長しない中で社会は同質化し、自分らしさが出しにくい、生きにくい世の中になってしまった。ともすると、僕らの商品がそれを助長している面もあるのではないかというジレンマもあって。社会的な側面でも、環境への負荷の面でもそうです。
そんな中で高専プロジェクトに出会って、なんだか運命的な感じがしたんですよね。高専が教育や地方創生という文脈で新しい変化を起こそうとしているのは、僕たちの「自分らしく生きられる世の中を作りたい」というテーマにも近い。本当に、自分たちが主体になってもいいくらいのことだと思っています。
街に開けたオフィスに、新しい企業理念「be Unique.」
山川:今回のご縁をきっかけにコクヨの皆さんとお話をさせてもらっても、こうしてオフィスに来させていただいても、「ここまでされてるんだ」という事が率直な感想です。平易な言い方ですけど、想像を超えてすごく素敵で驚きました。
きっと消費者の方が持っている印象と、今のコクヨは全然違うんじゃないかなぁと思います。
黒田:おっしゃる通り、皆さんのコクヨのイメージは「日常で使う文具」だと思います。でも、実は事業の6割は法人向けのビジネス。そしてこの10〜20年で、モノを作る会社から「コト」を作る会社に変わってきました。
山川:「コト」をつくる?
黒田:安くて品質の良い定番品を作るだけではなく、企業の働き方を変えたりコミュニケーションを活性化させたりするための商品作りへと、考え方が変わってきています。ただ文具や家具を作るだけでなく、オフィスの空間全体をプロデュースさせていただく機会も増えました。
黒田:コクヨは、真面目な人がとても多い会社です。良い家具作りとは何か。良い空間とはどのようなものか。良い働き方とはいったい何か。そういった本質に真摯に向き合いながら、世の中の変化に必死でついていった結果、「コト」を作る会社へと変わっていきました。
何よりも僕ら自身が、お客さまの課題を解決したり、ライフスタイルやワークスタイルを良くしたりといった、「コト」に向き合う仕事を楽しんでやっています。
文具も同様に、家や学校での利用シーンだけではなく、世の中のライフスタイルの変化を捉え、新しい商品、ひいては新しい事業をみんなで作っていきたいですね
▲国立競技場の椅子。森の木漏れ日をイメージしている観客席で、複数色をランダムに組み合わせて自然との調和を表現する、「コト」に向き合った製品)
山川:文具やオフィス家具の印象が強いですけど、その先にある「コト」を見つめながら、楽しんで仕事をしていらっしゃることが伝わってきました。でも、これを広く世の中に届けるのは大変ですね。
黒田:だからこそ、今年2月に初の長期ビジョン『CCC2030』を発表しました。これまでの3年ごとのビジョンを約10年後の2030年にまで引き伸ばしたら、大きく変わった姿が見えてくるのではないか。そう考えて、コクヨができるこれからの世の中への貢献とは何か、みんなで議論を重ねました。
同時に、創業以来初めて企業理念を変えています。「商品を通じて世の中の役に立つ」という創業者が作った理念を「be Unique.」に変更したことは、当社にとってかなりのチャレンジです。
黒田:この「be Unique.」の主語は社会であり、お客さまです。お客さまのニーズはどんどん多様化していますが、実は当社の規模でそれに対応するのは非効率。多品種少量になったり製品のライフサイクルが短くなったりと、メーカーにとってニーズの多様化はネガティブな要素であり、向き合いにくいことなんです。
黒田:でも、もう世の中はみんなが自分の生きたい道を選び、自己実現に向けてチャレンジする未来が前提になっていますよね。それならば、世の中がユニークになっていくことに対してコクヨも貢献していきたい。
変わりゆく人々のワークスタイルやライフスタイルに合わせた商品でお客さまの役に立つのはもちろん、自分たちで新しい何かを提案できる会社になっていきたいと思っています。
新しい価値をつくるには、社員一人一人が自分の意見を持つことが不可欠ですから、自分たちで「これをやりたい」と発想できる集団でありたいという想いを「be Unique.」という短い言葉に込めました。
山川:すごい!!「個人でも生きていける」「会社で縛られている」など、コロナを経て企業で働かない選択肢がぐっと増えた時代だと感じています。そんな中、コクヨの皆さんはとてもパワフルですよね。
取材前の打ち合わせで「会社に所属するってこんなに幸せなことなんだ」と思って、会社や組織の底力みたいなものを感じて思わず感動して泣いちゃいました。心から良い会社だなぁと思います。
▲コクヨ社員の方は丁寧に、熱心に、『THE CAMPUS』を案内してくださいました
学生とコクヨ社員で、一緒に文具や家具作りをしてみたい
山川:ただ、「be Unique.」自体は学校とは遠いところにありそうですよね。高専の起業家講師の方たちの話を聞いていると、大半の方は学校生活で「こうならなければいけない」に苦しんだことが印象に残っている。ユニークになれなかったことへの葛藤がありました。
山川:少しずつ未来をイメージする中で、コクヨさんと私たちでどのようなことができそうですか?
黒田:まだ社内で議論中ですけど、例えば授業で、文具や家具作りをコクヨと一緒にやってみるのは面白いんじゃないかなと思っています。
どういう視点で生活している人たちを観察して、どうやって形にするのがいいかを考え、実際に作ったものを誰かに使ってもらい、それをまた観察する。さらにECやリテールで販売もして、ビジネス全般を一緒に考えるイメージです。
文具や家具は、誰もが使ったことがあるからこそ、作り手と使い手の境界線が薄い分野です。使う人を想像しながら企画を考え、形にしていくわけですが、それは同時に自分の話でもあります。そこに向き合うのはすごく楽しいし、その過程で社員が成長する姿もたくさん見てきました。
▲『THE CAMPUS』のショールーム。椅子一つとってもたくさんの種類が
山川:学生と一緒に何かを作り上げるのは、コクヨの社員の皆さんにとっても刺激がありそうですね。
黒田:たくさんあると思います。僕らが今回の高専プロジェクトに関わる目的の一つは、もちろん社会への貢献です。でも誤解を恐れずに言えば、一番の目的はユニークな活動をする現場に関わることで、その体験をコクヨに取り込みたいと思ったから。
プロジェクトへの社員の関わり方はこれから一緒に考えていきたいですけど、少なくとも何人か、現地で生活してもらいたいと思っています。
黒田:寺田さんは「シリコンバレー計画」とおっしゃっていましたが、学校だけでなく、神山町全体の「はたらく」「まなぶ」「くらす」を変えるところにまで関わっていけるといいなとイメージしています。
山川:学ぶ空間と生活の空間を設計する際に、ぜひ知見を貸していただきたいです。『THE CAMPUS』に建築家やクリエイティブ関係の方たちが集まってディスカッションをするイメージが湧いてきて、ご一緒できるのがさらに楽しみになりました。
学生が学びたくなるもの」をつくるのがコクヨの役目
山川:黒田さんは学校や学びに対して、「こういうものになってほしい」と思っていることはありますか?
黒田:「自分がどうなりたいか」を常に考えながら、学びの機会を得られることが一番重要だと思っています。
黒田:「自分はこうなりたい」「こうやって世の中に貢献したい」といったことを学生が言えなければ、例えば新卒一括採用が廃止されたとしても、それは形式だけの話になってしまいますよね。なりたい自分はそれぞれ違うから、教育シーンにおいて、選択肢はたくさんあった方がいい。
山川:なるほど。そこに対してコクヨならではの、何かできることはありそうでしょうか。
黒田:コクヨはモノを作ってきた会社ですけど、それを「コト」の価値に変えていくのがこれからの役割です。例えば、山川さんの娘さんが気に入ってくださっている『かおノート』は絵本事業ですけど、作っているメンバーは「親子のコミュニケーションを作っているんだ」と言っている。
同じように「学び」という領域も、「学生が学びたくなるようなものにする」という視点から考えています。
僕らは教育プログラムを作ることはできませんが、人の行動変容を促すことはできる。教室や教材の在り方を見直し、学生がより学びたいと思えるような、コト的な価値を生み出していくのが僕たちの役目です。
▲思わずこの場に集まりたくなるような、カラフルでユニークなオープンスペース
山川:学びたくなるって本当に大事ですよね!教える内容がどんなに良くても、学生が学びたいと思わなければモチベーションは上がらない。学生時代を振り返ると、先生が好きとか、そういうモチベーションで学んでいた記憶もあります。
私が最近思うのは、ものづくりが嫌いな子どもはいないということ。うちの娘は『かおノート』をパパの鞄に貼ったりして、絵本すら飛び越えて創造的に遊んでいるんです。何かを作る欲求や創造性は誰もが持って生まれてきていて、どこかのタイミングでそれが消えてしまっているだけなんだと感じていて。
だから黒田さんのおっしゃるような、ものづくりを原点とした新しい学びには可能性を感じましたし、これからが楽しみだなと思っています。コクヨチームと一緒に、いろいろなことを進めていけるとうれしいです。
黒田:こちらこそ楽しみです。このプロジェクトに携わりたい人を社内で公募したら応募が殺到しそうだな。
山川:そうなることを願っています! 今日は未来を見ている魅力的なコクヨと、新たに出会えたような感覚でした。本当にありがとうございました!
※写真撮影の間のみ、マスクを外しています
[取材構成編集・文] 天野夏海 [撮影]澤圭太
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