〈モノコト物語〉デザインの力でeスポーツを広めたい。熱量が経験を凌駕したフリーペーパー制作
モノを作る力でコトを起こす、神山まるごと高専生のリアルな挑戦のストーリーに迫る企画「モノコト物語」。第2回目は、eスポーツ選手の生き様を丁寧に取材し届けるフリーペーパー『BackGround』を制作した2年生の市川和をご紹介します。企画や取材、デザインなど読者に届けるまでのすべての工程を自身で手がけ、支援者を募り次号の資金集めも達成。
実践的なデザインは未経験だったにも関わらず、フリーペーパー制作を通して、プロのクリエイターのフィードバックや事業会社でのインターンシップなど自らチャンスを掴み取り、自身の世界を広げています。実践を通して得られた学びについて迫りました。
授業のお題が有言実行を後押し
ー『BackGround』を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
神山まるごと高専に入学して、授業を中心にデザインを勉強してソフトの使い方などの基礎的なスキルを身につけることができました。1年生の12月頃、そろそろ学んだことを実践したい思っていたタイミングに、ネイバーフッド概論の授業で「マイプロジェクト」という自分が取り組みたいことを発表する機会があって。せっかく何かするなら自分が好きなデザインと、「eスポーツ」を掛け合わせて何か作ろうと決めました。
ーeスポーツが好きなんですね。
特に任天堂の『大乱闘スマッシュブラザーズ(以下スマブラ)』が大好きで! ゲームと聞くと、家族や友達と対戦して楽しむものだというイメージがメジャーかもしれませんが、スポーツ選手としてプロチームに所属して活躍している人たちもいるんです。中学生のときから彼らをYouTubeを見て応援していました。
ースポーツ選手として!面白いです。
僕と同世代くらいの若い選手もいて、魅力的な選手がたくさんいる業界なんです。でも、実績が広く知られている選手でも、彼らの内面、つまり何を考えてプレーしているのかや、メンタルケア、試合で大切にしていることなどはあまり知る機会がなく、もったいないなと思っていました。自分がモノを作る技術を身につけ、いつも楽しませてもらっているスマブラのコミュニティに貢献したいという気持ちもありました。そこで、実績だけでなく彼らの人間的な魅力まで届けたいという思いで生まれたのが『BackGround』です。
プロの熱いフィードバックがさらに本気度を加速させた
ー自分が好きな選手たちのことをもっと伝えたいと。では、どうやって作っていったのか教えてください。
フリーペーパーを作ると言い出したのは良いものの、選手との面識や自分の制作実績があるわけではない。そんな状態からどうやって始めようと悩んでいたところ、SNSを見ていたら「スマブラのドキュメンタリー映像の構成を担当しました」というドキュメンタリー映像作家の伊納達也さんのポストを発見して。アカウントを見に行ってみると、神山まるごと高専の関係者と知り合いであることが分かったんです。さっそくそのスタッフに連絡して、つないでいただけないか相談しました。
ー制作に向けての第一歩が踏み出せたんですね。
伊納さんに「スマブラの選手を紹介するフリーペーパーを作りたいと思っています。一度Zoomで話せませんか?」とメッセージを送ってお話しました。そしたら「まずは企画書を作ってみようか」となって(笑)。企画書がないと何をしたいのか伝わらない、ということも知らずに手ぶらで相談しに行っていたんです。
すぐに企画書を書いて伊納さんに送ったら信じられないくらい長くて具体的なフィードバックが返ってきて。いきなり連絡した高専生にこんなに向き合ってくれる大人がいるのかと感動しました。
ーちなみに、どんなフィードバックをもらったのですか?
当初の企画書は写真がなく文字だけの簡素な作りでした。でも、この資料を読んで相手をワクワクさせることはできない。文字は最小限にしてビジュアルを作り込み、一瞬で興味を引く資料にしようと。それから、制作プロセスや具体的にかかる費用や謝礼についても教えてくださいました。フィードバックを受けて企画書をアップデートしました。
ー全然違いますね!ちなみに資金はどのように集めたのですか?
自分がやりたい課外活動に必要な資金を学校に支援してもらえる制度「チャレンジファンド」で、制作費を集めて、900部を印刷することができました。
高知まで取材へ。プロ選手との緊張の対面
ーいよいよ具体的になってきましたね!
第1号で取材したのは高知県在住でプロチーム「広島TEAM iXA」に所属するヤウラさんで、高知まで取材に行きました。とても緊張したのをよく覚えています。でも貴重な機会なので怖がらずに全部聞こうと覚悟して。聞き終わった後も「聞き足りなかったかな…」と不安になったくらいです。
ー取材を終えて、いよいよ誌面作りのフェーズですね。
初めは見出しを作らずにズラーっと文章を書いていたのですが、読者はきっと僕と同じような人だろうと想像したら、きっと最後まで読んでくれないなと。そこで、いきなりインタビューから入るのではなく軽めの導入としてヤウラさんのこれまでを図解するページを作ったり、インタビューも見出しを加えてテンポよく読めるようにしました。
ー一番苦戦したところはどこでしょうか。
第一印象を決める表紙の情報量やレイアウトを考えることです。表紙から取り掛かったのですが何週間もかかって、本当に作り終わるんだろうかと不安になりました(笑)
ー出来上がってどうでしたか?
入稿するときも「トンボ合ってるかな?」「塗り足しって何?」みたいな(笑)授業で習っていない言葉に戸惑いながらも、調べながら乗り越えていって。出来上がった冊子を見て「紙になってる!」と感動しました。
ー実践して初めて出会うデザインの知識もたくさんあったんですね。
第1弾の制作時は独学でしたが、2年生になってからエディトリアルデザインの授業が始まり、色彩効果、視線誘導、書体の効果などを学んでいるところです。授業を通し、よりロジカルにデザインを捉えられるようになったと感じています。
本物の熱量が人をつなぎ、次の道を切り拓く
ー『BackGround』を配るときはどうでした?
ありがたいことに、ヤウラさんが出場するスマブラの大会に置かせてもらえることになって、僕も現地に行きました。同世代くらいの子が興味を持って見に来てくれたのがすごく嬉しかったです。他の大会にも置いていただいたりして、900部全部配布することができました。
ーそれは嬉しいですね! 『BackGround』を作って良かったことを教えてください。
今まで「観る側」として楽しんでいたことを「作る側」に回って、大会の選手や運営の方とつながりができたことです。また、ヤウラさんや伊納さんを始め、熱量を持って本気でお願いしたら本気で向き合ってくれる大人がいることを身をもって実感しました。本物の熱量に周りも呼応するんだと。
ー作ってみないと味わえない学びですね。
今は、『BackGround』の第2弾を制作中です。第1弾でアンケートを取って支援してくださる人を募り、そのお金で制作することができました。ロゴや中面のデザインも前号よりブラッシュアップしています。
実績が、仕事を呼ぶ。eスポーツ大会からのロゴデザイン受注
ー支援者の方が!フリーペーパーを通して人とつながれるのは嬉しいですね。
『BackGround』を読んでくれた人から、県内のeスポーツの大会からロゴ制作の発注があったのも嬉しいご縁でした。それまでは自分が作りたいものを作ることしかやったことがなかったのですが、依頼してくださった方の思いや実際に会場に訪れて感じたことなどをヒントにロゴを作りました。
ーキーカラーやコンセプトの説明など、現場のデザイナーの提案書みたいです。これも授業で習うのですか?
授業で習うことはないのですが、高専スタッフの仕事の実績紹介を学校で聞いたときに、デザインのキーカラーやコンセプトについての資料を見せてくださって。その提案書を真似してみました。何案か持っていくのもそのスタッフに倣っています。
細部に宿るプロ意識に触れる事業会社でのインターン
ー市川くんは、春休みにインターンにも行ったと聞きました。
「DEAN & DELUCA」などのブランドを手がける、神山まるごと高専の起業家講師の横川正紀さんが代表を務める「ウェルカム」にインターンに行かせてもらいました。これが実現したのも、神山まるごと高専に日常的に起業家が訪れるWednesday Night に訪れた横川さんに積極的に話を聞きに行き、インターンを自ら依頼しました。デザイン室の方に担当いただいて、飲食店で使うメニューの撮影現場や、社内ミーティングに参加させてもらいました。
撮影のときに、料理の背景に使う天板を選びに天板屋さんに行ったのが印象に残っています。一つのクリエイティブが世に出るまでに、こんなに専門家が関わっているんだ!と。細部まで抜かりのないプロの仕事に触れられたのは貴重な経験になりました。
ー実践や現場など、いろんな学びがありましたが、市川くんが今後挑戦したいことはありますか?
今後はAIやコーディング、楽曲制作などデザインに絞らず自分が作れるものの幅を広げていきたいと思っています。ずっと作る人でありたいですね。
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